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Critical Path

限界工程

ダ・ビンチ君 エジソン君 大変だったんだね

会社を辞めました。

「苦悩がこの世にあるのは、それによって歓喜を測るためだ。」と言った偉人がいます。

僕にとっての社会人生活もその通りでした。
週6日仕事上のあらゆる理不尽に耐えて、毎週日曜日にアイドル現場に行って、
ライブでストレスを発散して、推しに癒されて、気の合うヲタ達とメシ食って・・・。
関東から大阪、果ては北陸まで。形を変えて手段も変えて。
そんな生活を気づけば5年も続けていました。

学生時分から、好き嫌いが多く、堪え性も無く、精神的に未熟と揶揄され続けてきた僕が
世間一般でいう大企業に入れた事、所謂ブラックな業界で5年も続けてこれた事
もちろん毎日会う周りの人の支えがあってのことですが、
きっと毎週末に会うアイドルへのモチベーションが大きな一因になってくれた事は間違いないと思います。

まぁ、それによって得たものなんてほとんど皆無に等しい(婚期も逃したし!貯金もねぇ!)のですが一人の社畜ヲタの生きた軌跡をここに叙していきたいと思うのでエンターテイメントとしてのベストアルバムのような感じで見守ってくれれば幸いです。

1年目(2012.4-2013.3)

【勤務地】茨城(土浦)
【推し】鈴木友梨耶(Cheeyky parade)→須永留奈(Tokyo cheer② party)

仕事

希望に胸を膨らませて・・・いたわけではもちろんなく始まった社会人生活1年目。
一応入社前に関東配属は聞いていたので安心していたら、研修最終日に
「明日から茨城の山奥行ってきて。新入社員は車通勤許可ないから自転車で。ヨロシク!」
早速社会の洗礼を浴びながらも何とか過ごす。
試用期間終了前に早くも週休2日制は内勤だけと豪快に騙されていたことがわかる。ダメだこの業界。

仕事は嫌な事ばかりで最早記憶からも消えてるんだけど、輪をかけて嫌だったのが先輩・同期と相部屋だった事。
部屋に帰っても全く気が休まらなかったし、
毎日6時前に起きて、事務所で夕飯の皿洗いまで毎日やらされて、日付変わるくらいに帰って体育会系ノリとかマジで相撲部屋かよって感じだったし、そこで辞めとけよと今になれば思う。

ゆりゃ推し

学生時代の最後に結成されたチキパ。スト生の頃から溺愛してきたゆりゃ推しが楽しくて順調・・・と思いきや
意味不明な理由で病んで垢消ししてたらしい。

やっぱり学生時代との変化で一番大きかったのは当たり前のように現場全通できなくなったこと。
特に平日現場なんてもう鬼門中の鬼門。というか絶対無理。

www.instagram.com
この頃に戻りたいと思うときは正直ある。

TIFはチキパで参戦。チィキィファイタ-やり始めた頃だったかな。
2日目途中で仕事トラブルで呼び戻される。ほんまカスやなこの仕事。

そして迎えた9.22。ヲタ活ターニングポイントその1。
#9月22日はみんなで新宿BLAZEを満員にしよう活動の集大成。
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↑ライブ直後はこんな感じでエモまってましたが、この直後のBB9'のリリイベで現場が嫌になって他界しました。
2012年12月30日以来、鈴木友梨耶さんとは会話していません。

チアチア

社会人になってから通い始めた現場にTokyo cheer② partyがある。
今思えば2年も3年も時間を費やす必要があったかはわからないけど、
アイスト現場で騒ぎ疲れた頃の自分にはあのゆったりした空間が良かったのだと思う。
あと当時の須永留奈さんの可愛さだけはガチだったと思う。

メジャーデビュー直前に中のZEROのチアチアワンマン行った辺りで本格的に推し変した事になる。
推し変の瞬間の決定的証拠(画質w)


らしいです。
本気出し始めるのはメジャーデビュー以降・・・次回に続く。

異動

「GWから栃木の現場行ってもらうから!平日休みだから今年はGW無いなwヨロシク!」
ほんまカスやなこの仕事。


1年目終わり。【2年目に続く】